7 C4カクタス

2022年春の某日、kunnyさんがC4カクタスを購入されたというので、その引き取りにSさんとともにお伴することになりました。

購入先は広島で、ルノーを下取車として乗って行き、カクタスに乗り換えて戻ってくるという話でしたが、その往復は700kmを超す可能性があり、これをたった一人では大変だろうと思われたことと、できれば中間地点あたりでの受け渡しが妥当ではないかと提案したところ、山口県のとある駅前ということになったようでした。

ちなみにカクタスとはサボテンのことのようですが、あの特徴的なサイドバンプや、フロント下部のグリルなどにもサボテンを思わせるモチーフやデザイン処理が施されていて、しかもシトロエンらしいのは他のいかなる車にも似ていない、パット目には戸惑いをおぼえるような見慣れぬデザイン。
しかし目が慣れてくれば、それはきわめて完成度が高く、可愛いらしいのにどこか毅然としていて、シックでもあり、あいかわらず「いい仕事してますねぇ」だなあと思います。

往路のルノーのクリオ(日本名ルーテシア)もなかなかスタイリッシュなグッドデザインで走りは俊敏、シトロエンにくらべるとかなり引き締まったスポーティな味付けでした。
待ち合わせ場所で並ぶと、スパイダーマンのような顔つきのクリオ、対するカクタスはまるでひこにゃん。

受け渡しが終わって、カクタスで出発した瞬間、そこには理屈抜きにホッとする「あの」世界があって、初めて乗るにもかかわらず我々の身体感覚にピタッと合っており、まるで慣れ親しんだ日常が戻ってきたような安堵を覚えたのは、嬉しいような、おかしいような感覚でした。

kunnyさんもカクタスは「現代の2CV」と書いておられますが、それは同感です。
私も帰路にずいぶん長い距離を運転させていただきましたが、2ペダルの5MTは、普通のA/Tのようなフィールとは違うけれど、アクセルにそっと足をかけるとクラッチミートしているなという感触が伝わります。
シフトアップでもM/Tでギアをつないでいく感じで、独特のリズム感を伴いながらスピードに乗って行くあたり、まさに2CVの運転感覚に通じるものがあるし、驚いたのは減速すると勝手にフォン!と「中ぶかし」を入れてシフトダウンしてくるなど、それはまさに車を操っている実感にあふれていて、車と対話をしたり呼吸を合わせるという感覚がじかに味わえるものでした。

こういう車に乗ってみると、なにもかもが自動で、スムーズで、洗練されていることだけが必ずしも正義じゃないと考えさせられるようで、そういうところにも2CV的なテイストを感じます。
ただ、元祖2CVはどんなに楽しいとは言っても、現代の交通環境で使うには制約やガマンも少なくありません。
あの限られたパワー、ガタピシの作り、考えたくない安全性、エアコンはもとより快適装備は一切なく、現代の路上で使うには楽しいとばかりは言っていられない面も抱き合わせの旧車ですが、カクタスはというと時代の要求はすべて満たしつつ、しかも運転の本源的な楽しさはちゃんと残してあるところは、これぞ現代の2CVと呼ばれる所以でしょう。

また小型シトロエンに長年受け継がれてきた、必要最小限であっても豊かな人生の伴侶としてのカーライフはいささかも疎かにされない伝統がしっかりと受け継がれています。
しかも、必要最小限とはいっても、憎い事に大事なツボはバッチリ押さえてあるあたりは、フランス人の譲れぬ価値観が見て取れます。
シートは車体に対してかなり大振りなもので、ゆったりした座り心地は素晴らしいし、乗り味もやさしく快適、とりわけ高速では淡々とやわらかに巡航するあたりはさすがで、見た目の愛らしさとは裏腹に、小型車であっても長距離移動を得意とする健脚の持ち主であることも、シトロエンの名に恥じぬ底力を十二分に備えていました。

kunnyさんの説明によると、カクタスのデザインテーマは「旅」なのだそうで、だからダッシュボードの助手席側デザインも旅行かばんをイメージしたものだとか。
運転席正面のメーター表示など、どこか昔のSF風でもあり、だとすると宇宙旅行かとも思いますが、こういうものひとつを見ていても飽きるということがありません。

ただ、あまりに常識とは異なるデザインのため、慣れを要するところもあるのも事実でした。
関門橋を九州側に渡ったころから、ふいにガソリンの残量が少ないことを知らせる画面と警告音が出はじめ、はじめタコメーターかと思っていたものは、目を凝らせば燃料計であることが判明!しかもほとんどそれが尽きかけていることがこのとき初めてわかりました。

ガス欠で高速道路で立ち往生なんてことになってはたまらないから、以降かなりの緊張感を伴いながら慎重に走り、数分おきに出る「警告」に毎回怯えつつ、Sさんの「もうちょっと行けそう…」という判断を頼りに、この時は私がハンドルを握っていましたが、車内はなんとか少ない燃料で近隣空港に無事に着陸させようとクルーが一丸となって頑張っているような空気でしたが、まさに薄氷を踏む思いで、結果的にはコストコにかろうじてたどり着くことに成功しました。

今ふり返れば笑い話ですが、九州に入ってからというもの、ほとんど車内はガス欠の恐怖と走行可能な距離の算段との戦い一色でした。


カクタスというモデルの登場は、どこか脈絡もなくふってわいたようなところがあり、過去の小型シトロエンの簡潔を旨とする精神に立ち返ったものでありながら、そこには新しい試みやデザインの妙が凝らされており、その後のシトロエン全体のデザインを方向転換させるきっかけになった一台のようにも思います。

今よりも、もっと年月を経るにしたがって、もしかしたら初期型のGSやBXのようなレア車になるのかもしれません。