エンジンは苦手?

伝統的にフランス車は、その魅力においてエンジン性能に依存せず、サスペンションはじめ独自設計に凝るという傾向があるようで、ことにシトロエンはその急先鋒であるのはいうまでもありません。

フランスは資源国ではない背景と、エンジン出力による課税馬力という制度があるためか、必要最小限のパワーを駆使して痛快に走らせるのがフランス流のドライビングの醍醐味のようになっています。
さらにフランス人の気質としても、大パワーにものをいわせて強引に押しきることより、そこへ知恵や工夫を差し込んで、同等もしくは違った価値観に根ざした効果を上げることに喜びを感じるような国民性があるから、どうしても高出力の輝くようなエンジンが生まれにくい土壌があるのかもしれません。

トラクシオン・アヴァンから引き継がれた直4がDシリーズに搭載され、ついにはCXの生産終了まで使いまわしされたことは、このエンジン設計が秀逸で信頼性に富んでいたことがあったとしても、そもそもフランス車におけるエンジンの地位の低さを表しているようにも思います。
最近は以前の『シトロエン 革新への挑戦』(二玄社)に加えて『シトロエンの一世紀 革新性の追求』(武田隆著著)他も併せて読んでみましたが、それらによると、DSは当初の計画では、新開発の水平対向6気筒が搭載予定されており、開発もかなり進んでいたということを初めて知りました。
このエンジンが完成していれば、1963年登場のポルシェ911よりも先んじて、世界初の水平対向6気筒エンジンになっていたそうです。

これが実現に至らなかった理由としては、まだ改良点が残されていたことと、DSの技術的本丸である初の4輪ハイドロニューマティック・サスペンション搭載に多大な投資やエネルギーを傾けたこと、そしてデビューまでの時間的な制約があったこともあるようですが、くわえてフランス車全般におけるエンジンのプライオリティの低さもあっただろうと思われます。
当時の新型シトロエンの登場は、今では信じがたいほど世間の注目は熱く、噂やデマが飛び交い、政治的にも発表を急がざるを得なかったことなどが重なって、新エンジン搭載は見送られたようでした。

果たして、エンジンだけは旧型からの持ち越しで、1955年のDSのあの衝撃的なデビューとなったようですが、それでもこの常識破りの未来的なニューモデルは当時の人々の注目を一身に集め、発表初日だけで1万台以上の注文があったというのですから驚きます。

ただ、DSデビューは乗り切ったにしても、その後も新エンジンを継続的に開発しようとした気配はあまり見当たりません。
1960年代中頃、FF+ハイドロの優位性を示すべく、あらたな高性能車を開発計画が持ち上がった際にもふさわしいエンジンがなかったようで、一説によれば、そのエンジンを作らせるために体力の弱っていたマセラティを傘下に収めたという見方もあるようです。
そのマセラティは既存のV8から2気筒を削って、おどろくほど短期間でV6エンジンを作り上げたとあるので、やはりどこにも得意分野があるということでしょうか?

SMは高価な贅沢車だからマセラティエンジンでもいいとして、通常モデルのための新エンジンについては、ついにはCX時代に至っても古いエンジンを継続使用せざるを得なかったことは、先進的な自動車メーカーを標榜してきたことからすれば、いささか残念な気がします。

1970年代なかごろプジョーの傘下に入ったことは、シトロエンにとってそれまでの自由の翼を失うかわりに、エンジン開発に関してはその責務から開放されたのかもしれません。
もしXMやC5/C6が同じあのOHVエンジンだったら?というのはさすがに想像できませんが、BXならあのシャリシャリいうプジョー製4気筒の代わりに空冷フラット4だったらと思うと、それはそれで趣きのあることになっていたかもしれません。

現在、手に入れられる範囲でシトロエン自社設計のルーツを持つエンジンを積んだ主だったモデルは?というと、2CV、DS/ID、GS、CXぐらいで、偉大な自動車メーカーにもかかわらず、ざっくり50年以上めぼしいエンジンを生み出さなかったなかったというのも驚くべきで、その呆れるばかりの偏向というか嫌なことはしたくないというわがままぶりも、これまたシトロエンらしいような気がします。

あえてひとつだけ挙げるとすれば、1960年代のシトロエンは回転特性がスムーズなロータリーエンジンに着目し、当時の社長ピエール・ベルコは、アンドレ・シトロエンやブーランジェの革新の精神を、ロータリーエンジンという切り札で取り戻し、先進性を復興させようと賭けていたようにも見受けられます。
しかし、ロータリーエンジンが抱え持つ欠点を克服できぬままオイルショックを迎え、試験的に発売されたGSビロトールは回収され、この計画も沙汰止みになってしまったことはご承知のとおりです。

水平対向6気筒のDS、ロータリーエンジンのCXなど、完成していればどんな車になっていたのか…今となっては夢物語でしかありませんが、その後マツダによる長年の奮闘を見てきた我々からすれば、ロータリーをやめたことは賢明であった気がします。

燃費問題さえ克服できるのなら、現代のハイブリッド車とロータリーエンジンとの組み合わせなど、そう悪くない気もするのですが…。

エンジンは苦手?」への9件のフィードバック

  1. そういえば、CX以降シトロエン自社設計のエンジンには乗っていませんでした。今度のGS、小型軽量なフラット4エンジンは楽しみです。1/31に引き取りに伺います。

    • 巨匠のGSを入手されたのですね、おめでとうございます。
      新オ-ナーがatsushi@阿蘇さんで大変良かったと思います。
      不肖ドカ田、及ばず乍らハイドロの理想的な何たるかを巨匠にご指導頂いたのも当GSで、でした。
      当時のメンバーで共同入手し何度も使ったリチャージシステムもフルに揃っている筈で、GSに付属するのですよね!
      これの何か御座いましたら何時でもご連絡くださいね。
      これからもGSを可能な限り可愛がってくださいね、応援しています。

      • ドカ田さん、ありがとうございます。
        これはもう、二度とないチャンスと思い、僭越ながら手を上げさせていただきました。

        現在、自走引き取りに向けて、ご子息様に整備をしていただいています。リチャージシステムについては、未だ聞き及んでいませんが、お譲りいただけるものならお願いしたいと思います。

        GSに慣れましたら、遠出したいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

  2. いよいよですね!
    GSのエンジンも「タービンのように回る」とありましたよ。
    31日が楽しみですね。

    • 楽しみで夜も眠れません(笑)
      しっかり整備して、たくさん走りたいと思います。

      週末に首都圏で行われたハイドロ・シトロエンの集いに参加しGSの購入を報告、CCQ関東支部のお二方ともお会いできました。

  3. chirac さん
    貴重なエンジンの歴史、大変勉強になります。
    王政を倒した市民革命のお国柄で、ロールスロイス級のロイヤルユース車は必要ない・・・と、昔 何処かで聞いた様な気が・・・?
    その関係で、象徴的な大きく速いエンジンも出てこなかったのでしょうか?

    バイクな話しで恐縮ですが、昔の世界グランプリ(現モトGP)では 当時のイギリス、イタリア、東西ドイツ等に速いエンジンやメーカーが多く有り国の威信をかけスプリントのレースで激しくスピードを競い合っていましたが、それ等を余り持っていなかったフランス人は・・・ならば と、ばかりに耐久レースでの頑張りで一矢報いようと思っていたのかも知れません・・・?
    現在もボルドーやルマン等良く知られた長時間耐久レースが2輪4輪等で盛んなのはご承知の通りです。

    余談ですが シャリシャリと云えば、当時 雑誌等でBXやP-205/309等のGTiモデルがとても速いと聞き及び、何処かでBX等のシャリシャリ音も聞いた事が有って素人にはエキゾチックに聞こえ、(笑) 更に諸兄ご承知のイドロプヌマティクも未知の大きな魅力に思え、清水の舞台から2回飛び降りたつもりで Xanの2L-Gti(dohc、Di、黒いプラ・インマニ等のスポーツユニット搭載)と決めてから半年後にやって来たのは 97年式Xan-2L-dohc-5mt-GB仕様だったのですが、何とマイチェンに依りエンジンはdohcでもアロイ・インマニ等の大人しそうなニュータイプに変わっていて、更に期待したシャリシャリは全く唄わず、パワーも 150ps→130psへと下がり、4発だったDiも2気筒同時点火の2発タイプの様で大変ガッカリしましたが、ニュータイプと云う事でトラブルもきっと少なくなったに違いない!と思うようにしました。(涙)
    それでも初めてのイドロプヌマティク(Hydra-Ⅱ)を悲喜こもごも31万kmたっぷりと楽しませて頂きました。
    手前味噌で大変失礼しました。

  4. Xantiaは全てにおいて素晴らしい車でしたね。
    デザインも二枚目、作りも信頼性も格段に良くなり、ハイドラクティブ2も素晴らしく、サイズもよし。
    小林彰太郎氏にいわせると春夏秋冬、冠婚葬祭、老若男女をすべてカバーできる理想の車でしたが、Xantiaの全要素の中で一番劣っていたのは、前期型のあの眠いエンジンだったような気がします。
    205/309は打てば響くレスポンスでドライバーを喜ばせる痛快な車でしたが、その生い立ちやサイズからしてXantiaクラスのエンジンではなかったと思います。
    今でいうとC3の3気筒1.2ターボを、すこし排気量を膨らませてC5Xで使っていたようなものかも。

  5. 寒さ厳しき折、巷ではインフルエンザが猛威を奮っておりますがお変わりございませんでしょうか。
    さて件の記事の内容を拝見して、思った事が。
    プライベートな話で恐縮なのですが、18歳で自動車免許を取得してからずっとイタリア車に乗り続けてからの初めての異国のクルマがシトロエンだった訳で、いつも感じるのはシトロエンの合理的かつ快適な移動をもたらすクルマ造りです。
    イタ車に感じるのは派手で華麗な装いとエンジンが良くて速ければ良い。さすがルネサンスを産んだお国柄を感じたものです。
    過去に所有したアルファロメオ、ランチャ、マセラティ然り耐久性としてはもはや絶望的な物でした。
    初めてのフランス車がシトロエンであり年数を経過しても愛着が全く薄れないのは、シトロエンの魅力を僕のような新参者が先輩諸兄方を差し置いて語るべくも無いですが、改めてクルマの愉しみ方方を教えてもらったお陰だと思います。

  6. 寒いですね、今日はクルマの窓を拭こうと外に出たものの早々に引き返しました。
    イタリアは何事においても美意識や官能が優先され、古典的な味わいが濃厚ですが、フランスは先進的で人を驚かすことに喜びがあり、その対比が面白いです。
    意識構造としてはフランスのほうがより頭脳的で複雑かもしれませんね。
    エンジンは、フランスも良くないけれど、イタリアにも疑問がないわけではなく、ヴェルディの国だけあって泣けるサウンドの演出などは上手いものの、それに見合うパワーや耐久性などの裏付けがあるかとなると、微妙な点もありそうですね。
    速く走るには、つまるところ足の良さが勝負どころで、フランス車のしたたかな健脚ぶりは痛快です。

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