50年ワンオーナー

巨匠ことTさんが亡くなられて、早いもので一年が近づいています。
いろいろと落ち着かれたのか、ご子息より連絡があって、GSを「クラブで欲しい方があればお譲りしたい」という向きのお話をいただきした。

このGSはCCQ設立当時から巨匠の代名詞的な車というか、分身のような存在でしたので、あのGSがついに50年間住み続けたガレージを離れることになるのか…と思うと時の流れを感じます。

◆1973年型、GS1220クラブ

初期のGSというだけでなく、新車からのワンオーナーで50年を経た個体という意味でも、その価値はきわめて稀少と思われる一台。
一説によればGSは残存率がきわめて低いモデルとのこと。

デビューは1970年10月、日本には1972年から導入が開始されますが、当初のGSクラブは1015ccでした。フランスでは1972年9月から1220ccが追加され、日本向けもこのとき1220へ切り替わります。
新開発されたOHC空冷水平対向4気筒は、タービンのように良く回りレンスポンスにも優れていたものの、低速トルクが弱いという指摘を受けて1220ccが追加されたとのこと。

車検証を見ると1973年9月の初年度登録なので、おそらく1220になってすぐに購入されたのだろうと想像されます。
GSシリーズは現在個体として残っているのは少ない上、初期型クラブでワンオーナー、屋根つき保管、雨天未走行(出先で遭遇した雨を除く)等々…このような環境下で過ごしてきた個体となると、ほぼ奇跡的といっても過言ではないと思われます。

走行は87,800km、メーターは5桁しか無いものの、他に車は数台あって、純粋に趣味の車であったことからも、見えない「1」が隠れていることはなく、それはご家族も承知されています。

DS/SMに通じるお約束通りのダッシュボード。上部は同時期に生まれたSMのそれをそのまま縮小したような形状。
パーキングブレーキの解除レバーはどれかわかりますか?(ヒント:ドリンクホルダーじゃありません)丸いのは希少な初期型CX用の灰皿? 窓の外には晩年の足だったC3が。

巨匠はその愛称のとおり、とびきりの熱いシトロエン愛にあふれた趣味人でしたが、クルマを猫可愛がりして床の間に飾るような使い方はされなかったので、経年相応の真っ当な劣化は多少はある状態で、例のCitromuseumにあるような新車同然といったものではありません。

また、オリジナル尊重の方であったけれど、シートだけは布のジャージ生地が耐久性に乏しいこともあってか、かなり早い時期に本皮に張り替えられておられ、この点はオリジナルではありません。
ただそれは、色や形状やステッチ、サイドのポケットにいたるまで、熟練職人の手によりオリジナルを忠実かつ丁寧に再現されており、程よく使い込まれた感じも加わって、まるで純正のような雰囲気です。

純正の形状とステッチが忠実に再現されたレザーシート。華やぎと落ち着きとが深く考え抜かれた絶妙の色。

私の記憶違いでなければ、GSはシトロエン初のボビン式スピードメーターであり、それは左ハンドルだけのもの。 

現存する程度の良いGSの多くはレストアを受けており、それはそれで素晴らしいのですが、オリジナル/ワンオーナーで好ましい状態を保っている個体となると、これはもう探して出てくるものではないでしょう。

GSは、DS/ID以下の小型モデルに初めてハイドロニューマティックが採用されたことでも有名ですが、あまたあるシトロエンの出版物によれば、その乗り心地は群を抜いており、記述の脈絡から推するに、それは全シトロエン中もっとも理想的なものであったようです。
これはあまりにも意外な説で、俄には信じ難い気もしましたが、あれこれと調べてみるとどうやら間違いではないようで、そのあたりも巨匠の慧眼があったのかと思うと、今になって唸らされるところです。

普通なら上には女神のDSがあるから、なんとなく入門用ハイドロのように捉えていた人は少なくなかった筈で、これはそんな無知な認識を根底からひっくり返す話ですし、私もここ最近になって知ったことでした。
ストロークが深く、いかなるシーンでも路面に吸い付くように姿勢が乱れず、当時のシトロエンの広告には「魔法の絨毯」という言葉が使われ、評論家たちも口を極めて絶賛したとあります。

そこで思い出すのは、CCQきっての実践派にして乗り心地研究家であるducaさんは、ずいぶん前から乗り心地というと必ず巨匠のGSに同乗された際に受けた衝撃のくだりが、繰り返し熱く語られるのは我々の耳にしっかりとこびりついているところ。

果たしてその体験は、ducaさんの感覚中枢の中で理想のハイドロの乗り心地と挙動を判じる尺度となり、現在でもGSを100点として、以前所有されたXantia、C5X3、そして現在のC5X7を採点されています。たゆまぬ工夫や研究を続けられるも、いまだにその高みには達し得ないようで、それひとつをとっても、この初期型GSのサスペンションがいかに傑出したものであったか、推して知るべしなんでしょう。

巨匠はGS以外にもハイドロではDSやCXも複数入れ替わりでお持ちでしたが、最後まで手許にあったのはこのGSで、まさに終生の伴侶となったシトロエンです。

現在はナンバーが切られており、車検を再取得する必要があるようです。ここしばらくは動かしておられないようで、12月になれば少し手を入れてみますとのことでした。

ちなみにSMの投稿でも触れられていたように、パーツはこの時代のクルマのほうが却って入手可能という話は近ごろ耳にしますし、難しいコンピューターなどがないぶん維持しやすいというのは、なるほど本当かもしれません。

価格については現在のおおよその相場からすると、えっ?というような破格なものですが、それは「この車の価値をわかって、長く乗ってくださる方へ」というご意向故で、云うまでもないことですが、転売目的の方はご遠慮くださいとのことです。

初期型やビロトールだけに見られる、希少な「蜂の巣グリル」と美しいカットが印象的なヘッドライト。

上記のような衝撃体験のこともあって、まずはducaさんにお話するのが順序だろうと思って伝えましたが、保管場所の問題で断念されましたので、こうして皆様へご案内するに至りました。

ご興味のある方は私へご連絡いただくか、「問い合わせ」よりお知らせいただければ、こちらでわかる範囲はお答えしますが、いずれ先方へお取り次ぎして、以降は直接やりとりしていただくことになります。
できればクラブメンバーを優先したいと思いますが、大事にされる方なら必ずしも限定はしないとのことですので、ご興味のある方はどうぞご検討ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA