
シトロエン関係の書籍を読んでいると、いまさらながら驚くべき内容が少なくありませんが、その中から2CVのエンジンに関することを。
この空冷フラットツインは1948年の登場以来、実に42年間にわたって作り続けられたというだけでなく、あまたあるエンジンの中でも「歴史に残る銘機」だとして特筆大書されています。
簡潔にして、創意にあふれた設計、軽量かつ頑丈で、これほど壊れないエンジンは滅多にないのだとか。
空冷なので冷却水やラジエターの心配もなければ、ホース類がないから破裂もせず、ファンベルトがないから切れることもなく、要するに壊れようがない、頼りになる稀有なエンジンとのこと。
しかも、ただ頑丈で壊れないというだけでなく、エンジンとしてのバランスに優れ、それは秀逸な設計に加えて、厳格な工程と精度をもって巧緻に組み上げられたことによる結果だというのです。
技術的な説明も詳しく解説されていましたが、メカに疎い私にはうまく理解し文章として纏める自信がないので、間違ったことを書かぬよう、そこはあえて断念することに。

とにかく、この2CVのエンジンは自動車用エンジンにおける「巧妙な設計と精密加工の手本」のひとつで、かつ、それは手間やコストのかけられる高級車でなしに、すべてを必要最小限に切り詰めた大衆車において実現されたことは二重の驚きです。
2CVのあのヒューパタパタというエンジンに、そんな真実があったとはうっかりしていましたが、「のどかな排気音に騙されてはならない精密エンジン」と釘を差されています。
シトロエンではこのエンジンを組む際の許容寸法公差が1/1000mmで、主要コンポーネントの接合面には一切のガスケットが使用されず、それは時計並みの精密加工のレベルなのだそうで、どんなに酷使されようともオイル漏れ、混合気漏れはなかったともあります。
設計者はタルボからシトロエンへ移籍したワルテル・ベッキアというエンジニアで、軽量かつ最大の強度と完璧なバランスを両立させることに成功しています。
結果、このエンジンはオイル管理さえ怠らなければ、何時間でもスムーズに回り続け、しかも呼吸ひとつ乱すことはないと記されています。いわれてみれば、ずいぶんむかし高速のほとんどをフルスロットル(になる)で300km以上走ったときも、エンジンにはまったく乱れる様子がなく、インターを降りればケロッと正常にアイドリングし、その後も一般道をごく普通に淡々と走っていたことが思い出されました。
余談として記述されていたのは、2CV開発中に誰かがBMWのモーターサイクルに乗っていて、そのエンジンが素晴らしいので参考にすることになり、密かにドイツからエンジンやパーツを取り寄せて研究したという逸話もあるとのこと。

ともかく、2CVのエンジンは望外の精緻な作りで、工学上の傑作エンジンだったとされているのは、いわれてみればたしかにそうだなぁ…と今ごろ納得させられました。
2CVは、乗っているといろいろと騒々しいし、あれこれ笑いのこみあげるようなクルマですが、その乗り心地はハイドロのようにソフトでしなやかであったり、挙げればキリがないほどネタ満載で注目点が多いため、エンジンにまで目を向けることを怠っていたことを残念に思いました。
なにしろ現代の交通環境の中では非力ということばかりに意識が向いて、振動のなさやストレスのない回転バランスの良さを見落としがちでしたが、ドライバーのアクセル操作にもいつも忠実に応えて、持てる限りの力を尽くしてがんばってくれるあたりは、いじらしいばかりです。
頑丈さについても、今よりももっとシトロエンと故障が同義語だった時代、2CVは最も故障が少なく、並み居るハイドロ車を尻目に、いつも安定した信頼感が寄せられていたダブルシェブロンでした。
さらに、2CVは生まれ持った立ち位置や性格から、必ずしも正しく丁寧に乗られるわけではなかったにもかかわらず、「エンジンが壊れた」という話は一度も聞いたことがないのはこの話を裏付けているように思います。
わずか602ccのフラットツインは、時を選ばず容赦なくアクセルは踏みつけられ、常に全力でこき使われていたことを思うと、たしか敬服に値するなと思います。

補足ながら、昔の記憶をさらに辿ると、高速では本線への合流がトロい加速で無事にできるか?とか、平地のベタ踏みでもやっとメーター上の120km/hとか、少しでも上り坂になるとみるみる速度が落ちてくるようなクルマなので、長距離走行、まして高速を長時間走ることなど普通なら御免被りたいところです。
ところが、2CVのすごさはシトロエンの例にもれず、これを敢行しても覚悟していたような疲れは意外に少なく、2CVなりの高い巡航能力をもっているから、朝から丸一日走りづめで夜帰ってきても、ガレージが近づくとまだ降りたくないような、もっと走ってもいいような、そんな気持ちに何度もさせられたことを思い出します。
それを可能にしているのは、なにしろ抜群に楽しいドライブフィールや巧妙なサスペンションと並んで、この名機と言われるエンジンに負うところも大きかったことがあらためてわかりました。
